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ローカル路線バス乗り継ぎの旅134【ルイルイ&蛭子】 [無断転載禁止]©2ch.net

1 :名無しでいいとも!@放送中は実況板で 転載ダメ©2ch.net (ササクッテロT Sp1f-eXu6):2016/09/15(木) 21:05:10.01 ID:wKLeuYfvp

このスレッドはテレ東系 土曜スペシャルの中でも「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」を専門に扱いますのよ。

★番組放送の1ヶ月前からは、ロケーション撮影の目撃情報をもとにしたネタバレを含む書き込みが増えますの。
★スレッド閲覧は自己責任でお願いしますの。

その他の土曜スペシャルは本流の↓土曜スペシャルスレッドへ行きなよばか
トウ旅行社】土曜スペシャル25【内藤剛】
http://echo.2ch.net/test/read.cgi/tv/1464630139/

番組オフィシャルサイト
http://www.tv-tokyo.co.jp/rosenbus/

ローカル路線バスの旅|BSジャパン
http://www.bs-j.co.jp/official/localbus/

「ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE」オフィシャルサイト
http://www.tv-tokyo.co.jp/rosenbus/movie/

有志による番組まとめサイト
http://www.ab.auone-net.jp/~kome7010/bustabi/top.htm

ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%AB%E8%B7%AF%E7%B7%9A%E3%83%90%E3%82%B9%E4%B9%97%E3%82%8A%E7%B6%99%E3%81%8E%E3%81%AE%E6%97%85

前スレ
ローカル路線バス乗り継ぎの旅133【ルイルイ&蛭子】
http://echo.2ch.net/test/read.cgi/tv/1472802696/
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281 :名無しでいいとも!@放送中は実況板で (ワッチョイ e0c9-4Qmf):2016/09/22(木) 14:58:11.58 ID:s7H/kHoE0
私自身はシールズに一貫して冷笑的だった。あんなものは、良くて徒労、悪くすれば安倍政権を利するだけだ、と思っていた。徒労は説明の要はないだろう。
安倍政権を利するとは、異論を許す寛大な政権というイメージを作るからであり、また、機動隊のかっこうの警備訓練相手になったからである。安倍政権を支持する立場ならば、これで悪くなかろう。
しかし、安倍政権を批判するつもりで敵を利していちゃ、話にならない。
政治とは、願望や理念を唱えることではない。それを現実化することだ。そうでなければ、床屋政談、酒場談義と同じである。
シールズに批判の声が出る一方、積極的に評価する声も当然ある。朝日新聞には、シールズ同伴知識人の高橋源一郎が談話を寄せている(8月27日付)。
高橋は言う。政治は「勝ち負け」がわかる世界だから、目標が達成できなかった以上、限界はあった。しかし、社会と文化に深い影響を与えたのではないか。
なるほど、高橋の言うのとは別の意味で、そうかもしれない。
シールズのデモは、旧来のデモと違ってラップ調で主張を訴えている。これが誰でも楽しくデモに参加できることを可能にしたらしい。前述の高橋の談話にある「ふつうの人」の運動ということだろう。
しかし、「ふつうの人」が参加したから、その運動が「正しい」とは言えないし、ラップ調で楽しければそれがいいということにもならない。
ナチスのユダヤ人排斥だって「ふつうの人」の運動だったし、支那の文化大革命だって「ふつうの若者」が数億人も参加した運動だった。ともに、音楽や映画や街頭パフォーマンスを全面活用した「楽しい運動」だった。
シールズが社会と文化にいくらかは良い影響を与えたかもしれないと、私が思うのは、次のようなことだ。シールズのデモのラップ調掛け声に、こんなのがあった。
民主主義って何だ!? これだ!!
言いえて妙である。私は30年前の著書で言っている。民主主義とはバカは正しいという思想である、と。最近やっとポピュリズム批判の中で、この基本認識が議論の俎上にのるようになった。シールズのおかげでもあると思う。

282 :名無しでいいとも!@放送中は実況板で (ワッチョイ e0c9-4Qmf):2016/09/22(木) 14:59:11.11 ID:s7H/kHoE0
http://www.chosunonline.com/site/data/img_dir/2016/09/13/2016091301452_0.jpg
▲奈良県石上神宮が所蔵する七支刀。1953年、日本の国宝に指定された。
1874年、奈良・石上神宮の倉庫で、刃の両側に3本ずつ互い違いに枝が出ている、長さ74.9センチの刀が発見された。儀礼用とみられるこの刀は、厚いさびで刀身が覆われていたが、ところどころに金色の文字が見えた。
国学を学んだ宮司の菅政友が、のみでさびを削り落とすと、表に34字、裏に27字、計61字の文章が現れた。
「泰○四年五月十六日丙午の正陽(真昼)に百回練った鉄で七支刀を造った。百兵を辟(=避)けることができ、侯王に与えるのがふさわしい。△△△の作」(表)。
「先世以来、いまだこのような刀はなかった。百済の王世子が(中略)故(ことさら)倭王のために造ったので、後世に伝え示すべし」(裏)。
七支刀が作られた「泰○四年」については、さまざまな解釈が出たが、東晋の年号「太和四年」とみて、百済の近肖古王の在位期間に当たる369年と見なす学者が多い。これは、百済が東晋に使臣を送って外交関係を結んだ372年より3年早い。
一部の学者は、「泰○」を百済の年号とみて、腆支王4年(408年)もしくは武寧王4年(504年)に比定している。
七支刀の性格については、さまざまな学説が提起された。日本の学者は、当初「神功皇后の世に倭国が任那7国を平定し、その地を百済に任せたことに対する恩返しとして、百済王が七枝刀をささげた」という『日本書紀』の記録を根拠に「献上説」を主張した。
しかし『日本書紀』の記録には事実をゆがめた部分が多く、信用し難いという反論に遭った。韓国の学者は、逆に「供侯王」」「伝示後世」などの文言からみて、百済が倭に「下賜」または「贈与」したものと主張する。
いずれにせよ、百済の王世子が倭王のために作った七支刀は、百済と倭国が緊密な関係にあったことを物語っている。
李先敏(イ・ソンミン)記者
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/09/13/2016091301528.html

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