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文学理論 9 [無断転載禁止]©2ch.net

1 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 09:20:35.70
文学における批評や理論について意見や情報を交換するスレッド。

記号学、テクスト論、ナラトロジー、精神分析批評、受容理論、マルクス主義批評
ニュー・クリティシズム、ヌーヴェル・クリティック、テマティック批評、新歴史主義、認知論
などなど。

前スレ
文学理論 8 http://echo.2ch.net/test/read.cgi/book/1456876313/
文学理論 7 http://echo.2ch.net/test/read.cgi/book/1428940593/
文学理論 6 http://peace.2ch.net/test/read.cgi/book/1411222847/
文学理論 5 http://peace.2ch.net/test/read.cgi/book/1398531661/
文学理論 4 http://peace.2ch.net/test/read.cgi/book/1306120505/
【Literary】文学理論・文学批評V【Theory】 http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/book/1189092029/
【Literary】文学理論2【Teory】 http://pyon.2ch.net/test/read.cgi/book/1111258919/
文学理論 http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1034435329/

※入門書
テリー・イーグルトン 『文学とは何か―現代批評理論への招待』
田辺保〔ほか〕編   『文芸批評を学ぶ人のために』
ジョナサン・カラー  『文学理論』
ラマーン・セルデン 『ガイドブック現代文学理論』
ピーター・バリー 『文学理論講義』

フランク・レントリッキア、トマス・マクローリン『現代批評理論―22の基本概念』
フランク・レントリッキ、トマス・マクローリン『続:現代批評理論―+6の基本概念』
フランク・レントリッキア『ニュー・クリティシズム以後の批評理論』上下

廣野由美子 『批評理論入門』
西田谷洋 『学びのエクササイズ文学理論』

2 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 09:23:22.17
立てた者ですが、過去スレの>>2には「入門書」一覧があったので、一応付け足しました

あと、次スレは>>950くらいでどうでしょう

3 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 09:44:09.38


4 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 11:44:53.75
前スレの日本語についての議論が面白かったので、を少し整理しておく。

国の国語政策
明治33年 小学校令等 「仮名字体」「字音仮名遣」「1200漢字制限」
   35年 国語調査委員会設立 「送仮名法」「漢字要覧」「仮名遣及仮名字体沿革資料」等
   41年 臨時仮名遣調査委員会
大正10年 臨時国語調査会設置 「常用漢字表1962字」「仮名遣改定案」「字体整理案」「漢語整理案」「常用漢字表修正1858字)」等を昭和にかけて作成
昭和 9年 国語審議会設立 終戦までに「漢字字体整理案」「仮名遣改定」「標準漢字表2538字」「新字音仮名遣表」「国語ノ横書キ」を答申
   21年 国語審議会(内閣告示) 「現代かなづかい」「当用漢字表」「教育漢字」「当用漢字音訓表」「当用漢字字体表」
   48年 国語審議会(内閣告示) 「送り仮名の付け方」
   56年 国語審議会(内閣告示) 改訂「現代仮名遣い」「常用漢字表1945字」

教育、マスコミでは、これを基準にしているが、公用文はむしろ事実上は遅れてこれらの政策を採用している。
文学と関係あるかどうかは別の議論だが、国語政策の変遷は、時代の変遷と必ずしも符合するわけではなさそうだ。

5 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 12:31:04.16
文学理論からそれが出てきたのは
俺が柄谷本を提示し評価した流れで
明治文学が標準日本語の成立に絡んで
いるので現代の文学とは史的重みが違うという
話からだな

まあ文学理論とは関心の方向が違うだろう
文学理論好きはフランス哲学とか好きだろうからな

6 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 12:50:47.17
前スレの漱石ローカル論だが
あれは思い返すと
言ってたやつはそれなりに鋭いな

レビュー含めだから現代作家が有利だが
JSTORで調べると学術記事数は、
1:2くらいで村上が健闘している。

7 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 16:46:22.78
>>5
「標準日本語」の定義を示さないと、無意味な議論になるね。

>>4にあげたように、書き言葉に対する国語政策は、何回も変化して示されている。
国家的な強制という意味では、戦後、国語審議会答申が内閣告示になったことが一番強い。
明治期の強制は、小学校教科書を作る際に限られそうだ。

明治になって、書き言葉としての標準語的なものが模索されたのはたしかだろうが、江戸時代においても、武家社会では標準的な公用語はあった。
なにしろ、各藩の藩主以下江戸詰め期間が長く、幕府からの通達も幕府との折衝も徳川家の標準語でなされていたわけだから。
武家家庭や藩校などは当然として、庶民の寺子屋などでの教育も漢文素読が中心だから、標準的な読み方書き方が多くの地方で広まっていたと考えられる。

明治期になって、学校教育として大衆化するべく国語政策が進められたが、それは従前の慣習的な標準表現を無視しているわけではなさそうだ。

8 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 17:16:14.38
>>7
今必死にググって上面の言葉だけ書き連ねているのがバレバレ。
もう粘着はやめろ。クレクレはよせ。ここのみんなはわかっているぞ。

明治中期から後期にかけて、各種文体が統合されて実用的な
文体が現れた。定義はいい加減だが、いわゆる普通文。
雅俗ぐちゃぐちゃでわかりやすい文章を書けといったのは福沢。
(これは見方を変えると明治期の漢語の流行を示している)
一方、出版では、改行や濁点採用、会話文等が整理され、今のような
レイアウトができあがった。とりあえず岩波文庫『浮雲』を読め。

だから新字新かなにするだけで、漱石以降の文章は普通の
日本語として通用するものが多い。文の切れ目がわかりやすく、
仮名と漢字のバランスも今と同じくらい。

寺田寅彦『球根』(大正10)
九月中旬の事であった。ある日の昼ごろ堅吉けんきちの宅うちへ一封の小包郵便が届いた。
大形の茶袋ぐらいの大きさと格好をした紙包みの上に、ボール紙の切れが縛りつけて、
それにあて名が書いてあったが、差出人はだれだかわからなかった。つたない手跡に見覚えもなかった。
紙包みを破って見ると、まだ新しい黄木綿きもめんの袋が出て来た。中にはどんぐりか椎しいの実み
でもはいっているような触感があった。袋の口をあけてのぞいて見ると実際それくらいの大きさの
何かの球根らしいものがいっぱいはいっている。一握り取り出して包み紙の上に並べて点検しながらも、
これはなんだろうと考えていた。

9 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 17:34:16.29
国民国家について繰り返し粘着するところからしてコイツはおかしかったよ。
日本の近代芸術史上で、国民国家の成立と芸術を論じるなら、
なによりもまず明治国家との絡みになるに決まっている。
近代芸術そのものを国家として輸入しようとしたわけだからな。
お雇いの面々を見ろ。日本語も同じ。『言海』を調べろ。

>>7
なんで国民国家という言葉に粘着したの?バカなの?

10 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 17:42:59.02
契沖や康熙字典体も昨日まで知らなかったんだろうな(嗤
各種全集やなんやらがその時々の編集者が表記や改行を変更
していることも実感していなかったのだろう(嗤

よほど漱石『文芸評論』でやりこめられたのが悔しかったか。
俺は大正期の当時の雑誌を数十冊持っているから、どんな日本語の
書き言葉が当時流通していたか実物で分かっているけどな。

11 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 17:52:06.46
『浮雲』の良さはたいした事件が起きないところ。
下宿の一階と二階を行き来してひとりであーでもないと悩むだけ。
すごく新しい。

しかしこれは偶然のせいでもある。というのは四迷は、アホみたいな
悲劇として終わらせようとプロットを考えてた。だけどもう情熱がなくなって、
尻切れトンボで終了。結果的に漱石のひな形みたいなものになった。
そして連載中に紙面自体も今の形に変化する。カギ括弧が閉じるとか。
白ゴマ点(>>7コイツはこれを知らんだろうな嗤)がなくなるとか。
まあそういうダイナミズムに興味あるやつは岩波文庫『浮雲』を読め。

12 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 17:56:14.63
>>7
無意味な議論はお前が知識不足で思考力も乏しいせい。
俺のせいではない。消えろ。

13 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 18:07:56.76
564 名前:ito[sage] 投稿日:2015/07/02(木) 04:30:58.31
◎有機的であり、ビジュアルやドラマ含めたオーガニックそれが最後一つに紡がれていく作品が作りたい!!!!!!!

・ブレン的なバイオメカニック
・子宮・カンガルーの腹のイメージ、レイアウトで逆子?胎内の中のイメージを(竹井正樹的キャラ主体のレイアウト)
・キャラクターのポージングやたたずまい(ますなり的演出)で性格や戦意などを体に現す(ロボ自体は普通に立っているとんでいる)
・バイオメカに身体に手術で機会を埋め込むみたいにコクピットにしてしまう。武器を持たせて兵器化させる(敵軍)
・ただそもそも生物というものはメカニカルな構造を持ち合わせている(ブレンみたいに関節などにその意匠を凝らすか?)
・素体的なものでもいいかもしれない、アーマー的なロボ的甲冑は人工的につけている、兵器としての効果を持たせるため
→見方側には布(?やわらかいもの)をつけるか????
・「人間っていうやつは・・・!」っていう他の生物と比べての比較論(チカラを持っているが故の傲慢さ、他生物への情愛のなさ)
・地上では随分長い間ブレン(仮)が生まれていなかった(遺伝子を持ち帰ってしまった一部の人類たちが地上を離れた)
・人間は植木だったり、馬だったり、色んな生物を自在する才能というモノを持っている、だからブレンがそういう人工的にコントロールされる機械になることもあり得る
・男女両方に「綺麗」と言ってもらえるようなデザインにしたい
・地上で一番大きな動物である(植物などがあるから、そういうイメージで!設定ではない)
・柔らかくもなし硬くもなしでも重い・・・

14 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 18:13:18.37
アホ一名にひとついいこと教えてやろう。
文体を書き換えるということ。これは今の作家には
史的リアリティがない作業。

『千曲川のスケッチ』は小諸時代の話だが、旧字旧かななだけで、
文体そのものは、今の小説とかなり近い。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/932898

これは発表されたのは大正入ってすぐだが、実際には小諸時代に
かなり書かれている。が、藤村は発表にあたって、表記じゃなくて
文体そのものを全面的に書き直したと言われている。この間、たぶん10年くらいか。
言文一致のなかで、小説の文体が収斂していったというのはそういうこと。

15 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 18:26:19.94
>>8
失礼な奴だなw
君からなにかが得られるなんて、まったく思ってないよw

言文一致や文章の整理は、振り仮名の多用と同じように、大衆化のための自然の流れに過ぎない。
国家的な政策とも、まして文学的な表現の流れとは関係がない。

漱石の初期や、森鴎外でも読んでみたらどうかと思う。
紅葉や鏡太郎を例にあげてもいい。
文学ではない、北一輝の『日本改造法案大綱』を読んで明治以降の日本語云々などといえるものかどうか、読んでみるといい。

16 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 18:29:21.00
漱石とは世代が違う白樺派は最初から
ほぼ漱石らの変遷を体験せずに、言文一致の文
(口語体というやつ)を当然のごとく使用している。
この文体はいってしまえば日本近代文学の標準的な文体。

戦後の文体の冒険はこういう基盤がもう存在した上での
個人の実験。それが悪いとかはいっていないが、漱石の幼少期に
目の前にあったのは、封建社会に存在するバラバラの文体群。
漢文なんて外国語(発音すら不確かな古代中国の文語)だし。

17 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 18:36:39.64
>>15
バカだな。文語は戦後も法律を中心に長く存続している。
文語が明治後期に消えたなんて誰も言っていない。お前はアホ。
日本語の書き言葉が大きく変化したのは、近しい透谷と藤村を
比較すれば、すぐにわかる。

日本語が明治の国民国家意識の誕生とともに、大きく再編されて
いったのは学術的な「定説」。『言海』成立史を調べてみろ。

今日昨日ネットで調べたことを繰り出すのは止めろ。
甘えるなよ。

18 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 18:38:26.28
>>9-12 >>14
君は、自分の書いたことに根拠がないのを指摘されたのが、よほど悔しかったんだなw

相手を罵倒しても、君の知識が増えるわけでも、君の頭が良くなるわけでもない。
罵倒するにしても、せめて日本語としてまともな文を書けないものかと思う。

君は一度、自分の思い込みを離れて、客観的な見かたをする訓練をした方がいいと思う。

19 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 18:41:49.94
まあ「国民国家」を「国民主権の自由主義社会」かなんかと
勘違いして「戦後の出発のほうが重大」と絡んできた時点で
バカ判定すべきだったな。

「国民国家」になぜしつこく絡んできたかについて、
>>15は知らんぷりだけどな(嗤

20 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 18:43:20.12
>>17
>日本語が明治の国民国家意識の誕生とともに、大きく再編されていったのは学術的な「定説」

誰の定説か知らないが、「国民国家意識」ではなく、たんに文化の大衆化だということを理解しなよ。
だから大衆的な小説に平易な文章の作品が多くなった。

国家意識の強固な公用文や思想的な著作は、敗戦までは、依然として文語(漢文訓読)調なんだよ?

21 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 19:05:47.09
>>20
はあ?お前は知らないだけ。明治の日本文化創出/再編が、
単なる文化の大衆化?嗤嗤嗤
恥ずかしくて誰も助けてくれないよ。

明治が近代国家として西洋芸術を体系的に摂取しつつ、
初等教育のように日本語の規範化を強力に進めていったのは自明。
例えば仮名遣いの固定化がそう。まずは『言海』調べろっていったじゃん。

それから、どの日本の近代芸術史でも明治期に日本人が直面した
「芸術」概念の揺れ動きは、重要なテーマのひとつ。たとえば「日本画」
という不思議なジャンルの登場は日本の近代国家成立のなかで立ち上がった概念。
単なる芸術の大衆化ではない。

お前は漱石だけ読んでろ。

22 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 19:10:30.10
ほんとなんも知らなくてビックリだよ。
思い込みだけ。漱石の『文芸評論』を印象だけで
とんでもなく持ち上げていたバカと一緒。

23 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 19:17:36.07
具体例だしたと思ったら、
「文語文がまだあった」というだけ。
そりゃそうだ(嗤
明治政府は訓読体採用したからな。

バカは訓読体の歴史的意義もわかっていないのだろうな〜

24 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 19:22:26.86
>>21
明治以降の国語政策は、>>4にあげておいただろ?

文化、芸術の受容は、外国との交流に基づく自然な流れ。
もちろん、西洋文化については、脱亜入欧という国家政策が後押ししたことはいうまでもないが。
そうした中でも、漢字廃止論、日本語廃止論は結局力を持つことはなく、公用語、思想的な著作においては、むしろ漢字を多用した文語文が主流となっていった。

公的な日本語の変遷として、江戸から明治にかけての変化はあったが、敗戦による公用文の変化の方が、日常語に近づいたという意味で本質的だ。

君のは思い込みは、『言海』頼みの限界だったりしてねw

25 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 19:42:24.36
記憶喪失が絶賛してるやつ論破されてるじゃん

26 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 19:44:59.16
公用文の口語化は、安定した口語が既に成立していたからできたこと。
それに公用文評価は今さっきいいだしたことだろう?

公用文というものが国家による規範的な対象になったのは
そもそも明治以後。これが日本語再編そのものといえる。
「言海」もあいうえお順を事実上はじめて採用して、
近代辞書は日本語文法知らんと引けないぞという
主張をしているのがもう近代日本語の再編なのだよ。
アホにはわからない。戦後はあくまで第二波。

お前は調べながら書いているからぐだぐだなんだよ。

俺は日本の近代芸術史において明治政府の役割は巨大だと
いうことは定説だということと、言文一致が明治後半に、
今普通に読める文体を作ったということを示している。

お前が昨日からのネット検索だけで書き込みしているのは分かるゾー(嗤
もともと本とか読んでなかったんだろ?『文芸評論』の
私怨から絡んでいるんだろ(嗤

27 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 19:54:32.59
明治期の体系的な近代的芸術概念の輸入消化が、「単なる文化の大衆化」

これはまともに日本の芸術史を勉強していない奴の失言と判断せざるを得ない。
まあ昨日からの一連のログみれば、お前を支持するやつは皆無だけどな。
戦後の改革に、「多様な文体の統一」という新しい作業は必要なかった。
口語は実際にメディアで使われていて、口語文法も整備されていたから。
また戦前、行政内部でも口語化の試みがされていた。そういう意味で連続体
ともいえるが、その連続のはじまりは明治国家の成立。あたりまえ。

ま「国民国家」概念すら理解できないバカにはわからないか。
明治期に漢語が流行したというのも俺が話してから、自説に
つらつらと取り込むという汚さ(嗤 お前は脱亜入欧とかいって明治期の実態を理解しようと
していなかったじゃん(嗤 

ほんと汚いなーコイツは。甘えすぎだよ。手元に一冊の日本語史本
すらなくて粘着してくるなんてほんと恥ずかしいな。

28 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 19:56:46.77
>>26
文学の話ではなく、日本語の話だと強調してるのは君だろ?
文学の話なら、文化の大衆化ということで何回も説明している。

江戸時代にも公用文は事実上規範化されていたことは説明した。
参勤交代などの中央集権政策によって、公用語もまた強い規制を受けたことも説明した。
武家でも、庶民の寺子屋でも、漢文素読が教育の柱であったことも説明した。

君は、君の頼みの綱の『言海』が、結局は国家の発行ではなかったことにも、目を向けないといけない。
君は、相手を罵倒することより、自分の無知を自覚することに力を注いだほうがいいと思う。

29 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:02:34.40
ちなみに判決文の口語化は明治後期に台湾でやった裁判官が
いるという。その語もいろいろな試みが昭和初期にされている。
俺は手元に出典があるからそういうことが書ける。

俺は俺の書き込みに刺激されて昨日から調べ始めたバカとは違う。
だから粘着するのはもう止めろ。

30 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:09:20.26
>>29
バカバカしいけど、もう一度教えてあげる。
明治期に限らず、漢字廃止論もあるし、日本語廃止論もある。
その程度の常識は、ネットで調べてもいいから、知っておけよw

31 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:20:03.16
>>28
は?言海は近代的辞書で、強烈な「日本語」成立への
思想で作られている。そういうことはネットではちょっとしか
わからない。それに明治期の「日本語」概念創出の一コマとしての例。
たとえば見坊の明解口語化とは重大性がちがう。

お前は言海の成立事情を知らなかったじゃん(嗤
今日ググったんだろ?俺は手元に「言葉の海へ」があるからな(嗤

漢文は日本語じゃねえだろ(嗤
封建制がなくなった場所で国民国家の「日本語」概念が
創出されるんだろ。もうあきらめろ。だれも助けてくれないぞ。

ググっているだけだとどうにもならない。
近代芸術史専門で、近代日本語史関係の本が今手元に20冊くらいある
俺の認識をググっただけでくつがえそうなんて、ありえない。
お前は『文芸評論』の英語すら読めなかったじゃん(嗤

32 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:21:30.98
漱石ローカル論はロック界隈でよくある論調だな
「はっぴぃえんどは”日本語ロック史”では重要だが”ロック史”においては重要ではない」みたいな
「所詮日本語文学のはなしですよねえ」は「所詮日本語ロックのはなしですよねえ」という論調にちかい

33 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:22:23.23
だからって大江健三郎や村上春樹が”日本語ロック”ではなく”ロック”の殿堂入りを果たせるかは疑問

34 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:22:52.49
>>30
???
俺がいつ廃止論に対して評価した?一切言及してないぞ?
大槻だってカナモジカイ論者の面があったよ。
そんな諸運動知っているに決まっているじゃん(嗤

ググっただけの言葉を並べるからお前自身が混乱しているんだよ。
あきらめろって。

35 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:25:15.69
>>32
あーそれわかるわ。例えば話うまい。
でもロックは音楽としてそのまま流通できるから
まだマシだよ。一応鑑賞に翻訳いらないし、
日本語の響きだけで音楽的なプレゼンスができる。
だから漱石ローカル論と芸術形式の差の分
少しちがってくる。

36 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:29:23.44
>>33
俺は世界文学の英米大学の教科書とかリーダー見てないから
わからんけど、漱石と川端は入ってもおかしくないと思う。

一方、村上はJhumpa Lahiriとかと同じチャプターで競合しそう。
Jhumpa Lahiriと川端比較する奴はいないからやっぱり、ね。

37 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:30:47.12
>>31
>漢文は日本語じゃねえだろ

これは笑うところだよね?
漢文は確かに日本語ではないけど、素読されたとたんに日本語となるってことを理解してないんだね?
そして、その素読が日本の文語を作り上げてきたってことも、理解してないんだね?

君の認識なんかググったりしてないし、なにより、君には特段の知見があるわけではないw
君には、はじめて読んだ本に刷り込まれたらしい思い込みがあるだけだ。

英語に自信があるのは結構なことだが、日本語の読み書きに難点があっては、それも意味がなさそうだw

38 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:33:55.89
>>34
君が言及いているかいないかなんて、問題じゃないよ。
君の教養の無さを指摘してるんだよ。
君は、どこまで自己愛なんだろうねw

39 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:34:03.42
俺が一切、日本語廃止論に言及していないのに
>>30を唐突に言い出すのはバカ。

明治期の西洋芸術摂取について本当になにも知らない
ようだからしょうがない。「単なる大衆化」アホか
それで日本画とか一音一語主義とかでてくるわけねえだろ

お前は俺の書いたタームをまずはひとつづつ
ググってから、それから実際に本よめ。

40 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:37:20.20
>>39
君のレスには特段の知見はないよ、って教えてあげただろ?
君が僕の知見をググって調べる必要はありそうだが。
自己愛もそこまで行くと人格障害かも知れないよ?

41 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:39:19.14
>>37
なら訓読といえばいいじゃん。
でそれは明治の基礎になったよ。
しかし訓読が「書き言葉」として採用されたのは
明治。それまでは苦労して漢文を書いてた。
でもその漢文は「日本語」という認識はなかった。
明治の人間は漢語と和語の差を今よりも大きく
感じていた。

なにをいいたいの?戦後の国語改革と明治期の
日本語の変化は後者のほうが歴史的に重大だと
何度もいってるじゃん。それは、お前には覆せない。

42 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:42:05.47
>>40
もうあきらめたか〜
まあログ読めば、このスレのだれでも
お前がバカだとわかるから
いいよ。だって昨日からググり始めただけだろ?
中身なにもないじゃん。

いきなり公用文の口語化が重大とか言い始めるし。
なんで突然言い出した?近代芸術に無知なくせして

43 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:45:34.50
そもそも俺は大江がどうとかそういう話はしていなかったぞ。
そういうものは欧文脈の反映だとか、個人の文体の冒険であって、
明治期の日本語再編の渦と比べるとがくっと史的重要性が下がるというだけ。
今俺らが読んでいる文学の文体は明治おわりにはほぼ成立していた
というだけ。

これのどこが気に入らないんだよ。わけわからん。

44 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:46:29.84
ググっているだけのバカは絡まないでください。

45 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:51:18.27
そもそも江戸後期に漢文が武士の重要な教養になって
近代国家の国語概念の下地を形成したのは確かだが、
で、それがなんなんだよ。どういう主張と結びつくのだ。
わけわからない。

46 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 20:55:18.06
>>41
>訓読が「書き言葉」として採用されたのは明治。それまでは苦労して漢文を書いてた。

おいおいw
そこまで無知では議論にならないよ。
ググっていいから、江戸時代の書物を見てごらん。

>>42
君とまともな話をするのは、とっくにあきらめてるよw
文学としての日本語の変遷も、日常的な書き言葉の変遷も、思想的な表現の変遷も、公的な文書の変遷もなにも知らずに、辞書ひとつですべてだと思い込む人とは、どんな話しても無駄だ。
君がこれほどの自己愛人間だと見抜けずにレスしてきたことが失敗だったw

47 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 21:05:30.72
>>46
採用と書いただろ?意味分かる?江戸期の訓読体に
かなり幅があることは手元の本をみればわかる。ググらずともな(嗤
ただし漢文は漢文として地位があった。たとえば日本外史は漢文で書かれてる。

それから日本語の歴史が連続体なのはあたりまえ。
その上で、明治の国民国家成立に対応する動揺は
大きく、戦後の改革はその余波。

もうあきらめろって。俺は大事なところは手元の本見て書いているから。
お前はタームを「江戸 訓読体」とかググりながら、ケチつけているだけ。
だから公用文とかいきなりわめき出したりする。

48 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 21:06:37.82
言海の大槻文彦は言海の編集に取りかかる直前に、英和辞典の編集をやってる。
そのことが預かって、国語辞典の編集委員に選ばれた理由だろうと、風間力三は推測してる。

49 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 21:12:31.84
日本語文法の整備と、ウェブスターを模範とした強烈な
国家意識と、アイウエオ順の採用が、「近代日本語」のなかでの
単なる一冊の辞書に過ぎない?

アホすぎ(嗤 漱石も言海を引いたことがあるのがわかっているが、
当時は校正のために現代語を辞書で引くということが新鮮だった。
江戸の辞書は、漢和や、擬古文のための古語辞典の類いでな。
無論、江戸の表記はバラバラで規範は一部の古学や和歌のようなジャンル内で
しか意識されていなかった。つまり統一した国家としての
日本語像というものはなかった。これは封建制だったから。

50 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 21:12:39.52
夏目漱石がロックでいうところのはっぴいえんどだとしても
はっぴいえんどは日本のロックで重要ですから

51 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 21:19:17.18
>>48
そうだな。

言海を調べればいいとしたのは
強烈な近代国家意識の上に成立した
明治期の日本語概念創出の一断面だから。

江戸では起こりえない。
それを素直に受け取れない奴がいるとはな。

52 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 21:25:21.33
>>30
>明治期に限らず、漢字廃止論もあるし、日本語廃止論もある。

これはググればすぐにわかること。ただし、あくまで明治期に
提示された議論の延長だけどな。
とはいえ、なんでいきなりこれを言い出したかはわからない(嗤

俺が>>29でかいた下への反応としてほんとに謎。
>ちなみに判決文の口語化は明治後期に台湾でやった裁判官が
>いるという。その語もいろいろな試みが昭和初期にされている。

53 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 21:38:49.13
それからアホは知らないだろうが、(嗤
江戸期の訓読法は歴史的にいろいろあるが、
やはり明治政府は明治末期に、
訓読法の標準化のために答申を出している。
今の学校漢文はこれときの整理が元になっている。

これは無論、近代国家としての日本語の規格化作業の一コマ。
またひとつ勉強になっただろう(嗤

54 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 21:45:37.20
ググっているだけの「戦後の瑞々しい感性」バカに
明治近代国家の国語政策や言文一致を具体的に
説明するなんてほんと俺は偉いわ。

55 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 21:47:27.05
確かに夏目漱石が「今の日本語をつくった」というのは誤りだね

56 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 22:03:52.18
そういうのはファンタジーに属する話です。
というか、いつまで続けるの?

57 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 22:16:11.98
>>56
粘着男が目覚めるまでじゃないのか。
俺は最近の文学理論を知りたくてここに来たのだし。

俺が柄谷本の話を出したらいつのまにか...
だからムリに話を戻すと、『起源』も、もし戦後を軸にしたら
同じ説得力ではとてもじゃないが書けないつうことや。

なーんも難しい話じゃないのに。

58 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 22:38:20.69
明治〜敗戦、敗戦〜現代と区切った場合、
前者の方が文学的にも社会的にも言語環境の変化が激しかった。
ただ、それだけ。

で、柄谷が「日本近代文学の起源」を上梓した1970年代の「現代」から振り返った場合、
過去の大家群で現代作家(それも1970年代の)に文章上もっとも近い作家で
最古かつ代表的なものとして漱石が挙げられる。
つまりもっとも「古く」「似ている」というだけの話。

飛べたかどうかですら定かではない始祖鳥を化石から
その骨格の類似性により「鳥の祖先だ!」と即断するのと変わらない。
つまり、より「似ている」というだけなのね。

59 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 22:48:20.98
コーパスや翻訳文体の話もなしにずっと
無駄話してるのかお疲れ

http://doi.org/10.15084/00000840
http://www.slideshare.net/HikariKonishi/20151222-ninjalsalon

60 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 23:01:27.43
>>58
いやそれはおかしい。いいかわるいか置いておいて、たとえば
古典モダニズムの起源という題目を考えた場合、20世紀初頭の
一次大戦を起点として、その前の時代をかっこつけて「起源」とする
設定は普通の発想。日本は少し違うが、概ね柄谷の扱う時代は近い。
決して戦後ではない。

そして70年代も今も、それはかわらない。
ロッジか誰かが言っていたが、昔モダニズムが時間を経たら
どうなるかわからんかったけど評価は変わらなかった、と言っている。
つまりモダニズムマンセーなのだよ。これと似ている。

もうひとつ、たまたま漱石が「古く」「似ている」というのはおかしい。
君の科学の比喩は不用意。日本語の小説の文体は基本的には明治期の
ような動揺はもうない。表記も安定している。個人の文体の冒険しかない。
漱石を代表とする明治文学を「日本近代文学の起源」と設定するのは
100年後もおかしくないわけ。たまたま70年代はそうだった、じゃない。
モダン概念からいくと、すぐにリアルタイムはどんどん変わっていて、
と考えるけど、そうじゃない。

これは前述した白樺派のような日本語に新字新かなが乗ったあとの
動かない歴史観なんだよ。たとえば英米文学でジョイス以上はもう出ない。
そういうのと一緒。出るとしたら近代小説というジャンルが再編される時。
これ何回言ってもわからんかね。100年後も戦後文学の一作家が漱石の用例を
越えることはないし、日本近代文学の誕生が、スライドしていって
戦後らへんになることもまたない。

61 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 23:06:45.76
>>59
お、ありがとう。読んでみるわ。

62 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 23:13:16.01
http://doi.org/10.15084/00000840  より

>明治初期では 8 種に分類された文体が,明治 40 年代 に至って
>「言文一致体」(本稿の「近代口語文体」)へと収束していく流れが見られる。

>共通語としての日本語書き言葉がいつ成立したかという問題について森岡(1991: 64)は
>「言 文一致体(東京語・標準語)の成立・完成という時点で,日本語というラングが変化したと見たい。
>(中略)正確には室町期から文法体系の変化が現れ始め,明治四十二年に至ってそれが完成 したと言うべきだと思う。

>このように明治時代は,日本語の変化にとって大きな変化の仕上げとなった時である。

>>38
では教養ある君が、上記を論破してくれたまえ。
公用文口語化が、上記よりも「史的に重大」でもいいぞ。
じゃあよろしく。

63 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 23:53:41.29
「言語環境の変化」ってことでいうなら確実に夏目漱石以前の時代のほうがでかいだろう
夏目漱石が登場したときにはほとんど大きな変化は終わっているとおもう

64 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 23:55:36.14
age

65 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 23:58:34.47
俺は漱石は猫と草枕と夢十夜だけでいいわ
一生読むけど

66 :吾輩は名無しである:2016/09/13(火) 23:59:10.04
クズがいなくなってよかったー

67 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 00:24:32.07
俺の頼みの綱が言海て
バカじゃないの

68 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 08:15:01.24 ID:5ZQliEe+
>>15

>言文一致や文章の整理は、振り仮名の多用と同じよう
>に、大衆化のための自然の流れに過ぎない。
>国家的な政策とも、まして文学的な表現の流れとは関係>がない。

言文一致運動が文学的表現の流れとは無関係だって (嗤
それは紅葉や鴎外を読めばわかるって?
日本近代文学の研究者にそう言ってみろ (嗤

クスクス 文学ヲタは恥ずかしいな〜
ヨソで研究者にそういうこと言うなよ
知ったかだとバレるから

69 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 12:35:16.34 ID:5ZQliEe+
>>15 のバカを晒しておく(嗤嗤嗤

>言文一致や文章の整理は、振り仮名の多用と同じように、大衆化のための自然の流れに過ぎない。
>国家的な政策とも、まして文学的な表現の流れとは関係がない。
>漱石の初期や、森鴎外でも読んでみたらどうかと思う。
>紅葉や鏡太郎を例にあげてもいい。
>文学ではない、北一輝の『日本改造法案大綱』を読んで明治以降の日本語云々などといえるものかどうか、読んでみるといい。


紅葉は言文一致運動のなかで表現者としての模索をしていました。
>明治期作家の中でも尾崎紅葉は、言文一致体「である体」(注3)を完成させ、さらに文語体も多くの文体模索、試行錯誤の跡がある。
「尾崎紅葉の文体意識 木川あづさ」

「国家的な政策とは関係がない」→上田万年すら知らない無知(嗤

70 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 12:51:24.34 ID:RLTB+G8k
>>69
一日中、自己愛の衝動から離れられないんだな。

専門家にカウンセリングを受けた方がいい。
不眠症になって、人格崩壊することになりかねないよ。

ネット上では、もう人格崩壊を起こしているといってもいい書き込みぶりだから、まずそれを自覚することだ。
実生活で他人に迷惑をかける前に対応しておいた方がいい。

すでに他人に迷惑がられているのに、君が気がついていないだけなのかも知れないが。

71 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 13:50:22.27 ID:pdRN0C5j
人格批評しか出来なくなってださい

72 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 13:54:20.42 ID:w6Y4Ao2X
これだけ長く続くってことは、まったく同じレベル同士の人がやり取りしてるんだろうけど
お互いに自分は相手より賢いって思ってそうなのが、人間味を感じて面白いな

73 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 14:13:57.30 ID:5ZQliEe+
>>70
人格攻撃だけで情けないな。
具体的に例証してくれれば問題ない。俺も、それに応じる。
それができないなら、人格攻撃を止めることだ。手元に本もなにもないんだろ?
お前の言っていること内容ないもん。

お前はいろいろ甘い。例えば俺は
「明治の国家」とか明治政府とかいっているが、
これは、「大正時代」にもそのままのかたちで敷衍できる明治から
戦前までの政体という意味をもつ。大日本帝国のこと。
「大正国家」「昭和国家」とはいえないからな。だからお前が、
「明治」だけじゃない連続体と言っても無駄。

それからお前はウィキペディアを斜め読むだけだから、
知らないだろうが、明治国家の国語政策は方言「方言撲滅運動」
や植民地の言語政策ともリンクしている。これは江戸にも戦後にもない
ネーションとしての総合的な政策。だからポスコロ的視点にたったときも、
その国語論の中心は戦後の統治じゃなくて、「明治国家」。

>>72
お前は本当にログを読んだか?軽口はやめろ。

74 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 14:16:55.19 ID:5ZQliEe+
>>70
それからお前は漱石スレで、俺にわざわざ『文芸評論』を
買わせた人間?それをまず答えてくれ。なぜなら、違うなら
それでこの話はなしでいいし、同一人物なら粘着だということだからな。

これぐらい具体的に答えてみろよ。(嗤

75 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 14:29:24.13 ID:5ZQliEe+
俺に絡んできたやつが最初から無知だということを具体的に示す。
「国民国家の日本語創出は戦後文学の仕事」「日本の口語体は明治時代につくられたものではない」→バカ
まあIDなかったから、もし間違いなら、これは自分ではないと宣言しろ。それは俺は信じるからな。
とはいえ、文学者評価においてスラスラでてくる美辞麗句はバカバカしいがな。
「文学的感性を消失」ってどういう意味?意味不明。言葉に酔ってる?

文学理論 8 http://echo.2ch.net/test/read.cgi/book/1456876313/
912 : 吾輩は名無しである2016/09/11(日) 23:19:51.82
>>911
国民国家の日本語創出という意味なら、戦後文学だろう。
文学者が文学的感性を消失したという希有の体験を経て、新たな文学が創造された。

そもそも、明治文学といっても漱石がずば抜けているだけで、あとは時代の助けを借りてやっと読める程度のもの。
日本文学にとっての戦後というボーナスは、世界でも比類がないかも知れない。

927 : 吾輩は名無しである2016/09/12(月) 11:15:07.02
>>924
大江は、日本文学の画期だよ。
政治的に嫌いなんだろうが、大江作品の価値を認められないなら、文学を語るのはやめた方がいい。

934 : 吾輩は名無しである2016/09/12(月) 12:16:33.73
間違ったデマが横行している。目に余る。

日本の口語体は明治時代につくられたものではない。

76 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 14:33:23.54 ID:5ZQliEe+
>>70
俺の人格分析は、>>62に答えてからにしてくれたまえ。
さっさと「不勉強が原因の誤認」があったと認めろ。
バカだと認めろとは言っていない。

77 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 14:45:20.98 ID:5ZQliEe+
これも意味不明。法律の日本語の変化は、戦後すぐの憲法口語化から
はじまったというのは俺が前に提示したこと。だが、口語化への努力
は一応戦前からあったことを具体的に典拠をもとに書いた。それに対して、
コイツは「明治期に限らず、漢字廃止論もあるし、日本語廃止論もある 」
と返してきた。意味分からん。やりとりになっていない。

29 : 吾輩は名無しである2016/09/13(火) 20:02:34.40
ちなみに判決文の口語化は明治後期に台湾でやった裁判官が
いるという。その語もいろいろな試みが昭和初期にされている。
俺は手元に出典があるからそういうことが書ける。

俺は俺の書き込みに刺激されて昨日から調べ始めたバカとは違う。
だから粘着するのはもう止めろ。
30 : 吾輩は名無しである2016/09/13(火) 20:09:20.26
>>29
バカバカしいけど、もう一度教えてあげる。
明治期に限らず、漢字廃止論もあるし、日本語廃止論もある。
その程度の常識は、ネットで調べてもいいから、知っておけよw

78 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 14:57:14.24 ID:RLTB+G8k
>>76
自己愛の人間は他人の言葉を理解しない。
いくら説明されても、自分の自己愛を満足させない回答は理解することが出来ない。
自分の書いたことですら、都合が悪いことは平気で無視する。

そんな相手に、なにも応える気はない。

79 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 15:25:14.00 ID:5ZQliEe+
>>78
まあこの応対で
お前が薄汚い人間だということが
スレに周知されたな
反論できないので人格攻撃かあ
本当に君は汚いビックリするくらい汚い

文学評論でも同じ論法で逃走してたな
まさか俺がこの分野に詳しいと知らずに
やり込めようとしたんだろうな。
漱石スレでは英文学の話だったからな。

80 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 15:34:03.45 ID:5ZQliEe+
>>78

俺の人格とは別に
>>62に対して具体的に反論できるだろ?
それは俺とお前以外にもどのくらい
説得力があるか周りは判定できる。
そもそも俺の提示している主張が他人の
論文内にもあるということだからな。

できないなら黙っていろ

81 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 15:37:47.17 ID:5ZQliEe+
ロクに具体例を提示しないのに
上から目線で人格批判、自分の無知を
認めずに「国民国家」すらまともに
意味がわからず、俺が誤用しているかのような
印象だけを内容のないレスで植え付ける。

本当に君は汚いな
ログをジックリ読み直して反省しろ

82 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 15:46:36.70 ID:RLTB+G8k
>>79-80
そのレスが、君の自己愛そのものだということに気がつけよ。

自分と他人の主張の違いすら理解できていない。
君は、自分の自己愛に不都合な部分が見えていないのだ。

自己愛人間と議論するのは無意味。

83 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 15:49:27.94 ID:5ZQliEe+
俺は個人的には戦後民主主義を非常に評価しているが
大江の過大評価や、文学的感性の消失みたいなゴミ
みたいな物言い聴くと、暗い気持ちになるな
ああコッチの人にも上から目線の脳内バカはいるよなー
って。

まあ俺が流れ上、大江に言及したら、
政治的に攻撃したいだけだろ
って即応してきたからやっぱり思い込みが激しい
のだろう

84 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 15:53:16.67 ID:5ZQliEe+
>>82
もう観念しろ。
このスレでお前の主張を
支持する人間はいない

なぜなら具体例が乏しいから

85 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 16:00:54.84 ID:5ZQliEe+
>>82
お前は俺の主張が間違いだと主張しているんだろ?
証拠がなければしょうがない。
言うだけならバカでもできる

自己愛かどうかなど、
具体的を挙げないだとか、
明らかな論理破綻がない限りは関係ない

86 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 16:21:27.11 ID:v4CjUmFv
口語体自体は明治云々というか超昔からあるだろ多分
「今あるような口語体はいつからできたのか?」っていうのはどうとでもいえるきがする
結局のところ「今あるような口語体」が差すものによるし村上春樹あたりからとでもいえるのでは

87 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 16:33:35.18 ID:5ZQliEe+
>国民国家の日本語創出という意味なら、戦後文学だろう。

何度でもいうぞ?言文一致運動によって、それまでの
立場や敬語表現を離れた「地の文」が文末表現の試行錯誤として
日本の近代文学に成立する。これは主に紅葉や四迷な。
そして白樺派は最初から今俺たちが普通に感じるような
いわば「透明な」文体で書くことが可能になった。
これは読んでみればすぐわかる。

一方、福沢諭吉や、前島密、上田万年を代表とする人々は、
近代国家にふさわしい標準的な日本語が必要だとした。
江戸の日本語は、平安時代以後、書き言葉と喋り言葉の乖離が
広がり続け、封建制の元、位相の差も非常に大きかった。
ただ、古語により近い関西から、東京に中央語が移り変わり、
東京語が徐々に基盤化していったから、その上に明治の
日本語が成立したわけだ。ちなみに方言調査そのほか、
体系的に明治政府を調べることによって、いままで日本人が
知らなかったし、考えようともしなかった「日本語」の全体像が
どういうものかわかるようになってきた。

この流れは学制とともに日本社会に徐々に浸透していき、大日本帝国下
でほぼ行き渡る。これはGHQの調査でわかる。(これはまた現代の
江戸時代の識字率見積もりが少し過大評価ではないかという視点も提供する)

88 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 16:54:23.60 ID:5ZQliEe+
>>86
うん。今あるような(ここで書くみたいな)「書かれた喋り言葉」は、
これからも時代によって変化し続けるよ。ただ、たとえば「です体」
の意味は変わるかな?「です」は、明治期に一般化する以前、「遊里、
芸人の語とされ」上品でなかった。

89 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 17:01:10.17 ID:v4CjUmFv
「〜です・〜であるができたころはいつか?」みたいな話なら決めることもできるな
でもいまここで話しているような言葉は「〜だよ」だけどな
そして個人的にはこの「〜だよ・〜だろ」がいつできたかのほうがきになる
書きことばとして使うようになったのはネットが流行りだしてからだとおもうけどね

90 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 17:13:44.46 ID:5ZQliEe+
>>89
そういう関心はすごく良い
これから研究されていくだろうし

ただ「だよ」はネットというよりも
昭和の若者雑誌なんかでかなり出てる
ような気がする

91 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 17:20:37.85 ID:v4CjUmFv
ネットができてから自分の書いた言葉にリアルタイムでレスポンスがつくようになった
こうなってくると書いてはいるものの基本的には会話と大差がないんだよな
声ではなく文字で会話してるってだけだから言文一致どころではなくなった
要するにいまの人達が用いてる「書きことば」ってほとんどが90年代に当たりまえになったものということ
なおかつその新しい書きことばは普段の会話とほとんどギャップがない、限りなく話しことばにちかい
むしろ最近ではいわゆる書きことばなんて書けない奴等のほうがおおいのではないかとすら不安になる

ちなみに初期の匿名掲示板はもうすこし書きことばだった(特に過疎板)

92 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 17:48:26.06 ID:v4CjUmFv
>>90

若者雑誌かなるほど
例えばいまでとこの掲示板のやりとりみたいなのを「書きことば」と呼ぶことも不思議ではないだろ
でもよくよく考えてみるとこれは全く明治大正でいうところのいわゆる「書きことば」ではないよな
それとはまた反対にいまでは「〜である」はいわゆる「話しことば」でもないわけだ
発端が言文一致で取りいれられたものだとしてもすでに「〜である」は日常的な「話しことば」でも「書きことば」でもない
そうなるといま俺達がつかっている「書きことば」はいつから使いはじめたのか・日常化したのかってなる

まず当時は会話するように文章でやりとりするなんてほぼ不可能だから手紙にしてもなんにしてもある程度形式はあった
今は会話するように文章でやりとりできるから話しことば=書きことばになってそこのギャップがほとんどない

そのように考えてみると
書きことばとして「〜だよ・〜だろ」が浸透したのはいつか?という問いですらズレてるのきがしてくる
話しことば=書きことばの時代だから下手したら「書きことば」という言葉すらほとんど意味をなさないのかもしれない

93 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 18:21:29.50 ID:ayvLr9e1
だから、
日本語は多様性をもった高度な言語だから、
明治以前は喋り方(口語)がいろいろあった。
場合によっては同じ日本人なのに通じない場合があった。

だから文語体としての書き言葉があったが、
それがあまりにも特殊すぎて難しかったので、
もっと簡単な話し言葉(口語体)にしようというのが言文一致運動だ。

しかし一番の難関は、どの口語体にするか、またどう一つに統一するかで、
まさに利権争いだった。
その利権争いをしていたのが、当時の小説家たちだ。今の文豪と呼ばれる人物たち。

結局、東京生まれの夏目漱石が、あえていえば東京弁を中心にした口語体が、
現代の日本の基盤となったが、
それでも結局のところ現代においても統一されず、
「だ・である体」と「です・ます体」の二種類が残った。
こんな言語は世界広しといえど日本語しかない。

村上春樹は全く関係ない。

ちなみに、日韓併合時代に、日本人が朝鮮人に書き言葉を教えたが、
そのときも同じようなことをやった。
当時の朝鮮人の文盲率は90%以上で読み書きができなかった。
唯一読み書きができたのはヤンバンたちだったが彼らは漢文で読み書きをしていた。
それを日本人が日本語の平仮名に当たるハングルというものを探してきて、
朝鮮人に徹底的にハングルでの読み書きを教えた。
だから現代の韓国人は読み書きができる。
これが日本人が朝鮮人にほどこした言文一致運動だ。

94 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 18:22:32.62 ID:5ZQliEe+
>>92
メディアと会話そのものは一旦切り離したほうがいいと思う。
日本語の会話は漢字輸入以前から延々とあったわけで。
女言葉の退潮とか、「あ゛」とかそういうのはいろいろ追いかけられるし、
「ブルーになる」の語誌的研究みたいのはいろいろできるわな。

だから特殊な表記や隠語、ネット独自の言葉の使い方はあるにせよ、
手紙や雑誌、ネット上の言葉は、背後にあるナマの膨大な会話/談話が
反映しただけともいえる。

ま、君がそういう意識を持って、母語を客体化できるきっかけを
提供できて光栄だよ。

95 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 18:41:07.39 ID:5ZQliEe+
>>70
お前(ID:RLTB+G8k)は漱石スレで、
俺に『文芸評論』を買わせた奴なのか?
そうでないなら、しっかり否定してくれ。
それくらいできるだろう。

96 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 18:41:46.80 ID:v4CjUmFv
口語体が何を指すのかわからんとよくわからんよ
例えばそれが論文で用いられるような〜である調の文章のことを指すのであれば明治なんたらの話になるけど
実際のところそれを現代の口語体と呼ぶのは難しいとおもうわけ
何故ならたくさんある現代の口語体のなかでも〜である調が用いられる頻度は少ないから

仮に現代の口語体をTwitterやlineや匿名掲示板で用いられる文章とするなら
「現代の口語体(話しことば=書きことばみたいな次元の口語体)は90年代以降に生まれたとおもう」という話

97 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 18:43:38.39 ID:v4CjUmFv
>>94
メディアと会話は切りはなせても
メディアと文章あるいは言葉は絶対に切りはなせないだろぉ…

98 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 18:47:11.80 ID:ayvLr9e1
>>92
「である」は「だ」と同じ常体だ。
おまえが使わないだけであって頭の中で思考するときに「である」みたいな感じで考えている。

てか口語体とは文語体にたいする口語体であって、普通に使っている日本語は口語体だと思とけよ。

あと、「だよ」は「だ」に「よ」をつけただけ。ただの常体(だ・である体)だ。
要するに、現代は、常体(だ・である体)、敬体(です・ます体)のどっちか。

あとは、方言になるが、方言でも「ありんす」など遊女が使っていた言葉があるが、
それは現代でいうところの若者言葉やアニメ内での仲間うち言葉。つまり方言にあたる。

99 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 18:47:53.51 ID:ayvLr9e1
アンカーミス

>>96
「である」は「だ」と同じ常体だ。
おまえが使わないだけであって頭の中で思考するときに「である」みたいな感じで考えている。

てか口語体とは文語体にたいする口語体であって、普通に使っている日本語は口語体だと思とけよ。

あと、「だよ」は「だ」に「よ」をつけただけ。ただの常体(だ・である体)だ。
要するに、現代は、常体(だ・である体)、敬体(です・ます体)のどっちか。

あとは、方言になるが、方言でも「ありんす」など遊女が使っていた言葉があるが、
それは現代でいうところの若者言葉やアニメ内での仲間うち言葉。つまり方言にあたる。

100 :吾輩は名無しである:2016/09/14(水) 18:53:18.04 ID:bMmzPRZr
>97の補足になるけど
例えば明治あたりの言文一致運動うんたらや書きことばの変化にしても
それは「紙が高級品でなくなり当然のようにみんなが物(新聞)を読むようになりはじめた」
というメディアまわりの大きな変化が背景としてあるわけだからね

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